ハラスメント防止ガイドライン
灯台とスプーンハラスメント防止ガイドライン
2022 年 12 月 20 日 策定
1.はじめに
演劇の現場で起こるハラスメント(セクハラ・パワハラ等)について、近年SNSでの告発があがり、稽古場というクローズドな現場で起こっても見過ごされていた加害が表に出るようになってきました。当団体においても、これまで集団の関係性から起きた様々なトラブルやいざこざ、過去をふりかえり様々な事例の検証や、オンラインで知り得る全国の劇団の事例や、身近な他団体で起こった事例を共有しています。
今後活動の中で起こるかもしれないハラスメントの可能性とその防止について、弁護士・臨床心理士との相談や、ガイドライン策定をもとに話し合いを行なっています。
今後当団体と創作を共にする全ての方に、現場で気をつけていただきたいことや、困った時にいつでも相談しあえる場づくりについて考えました。さまざまな立場の人が協力し、良好な創作環境を保障し、安心して稽古ができる場づくりに努めます。
2.目的
このガイドラインは、灯台とスプーンに関わる全ての人(作・演出家、劇団員、スタッフ、客演の方、来場者、公演や稽古等で関わる人)に対し、活動中に生じ得るセクハラ・パワハラ等のハラスメントを例示、理解を促しその防止に努めることで、ハラスメントのない環境を形成していくことを目的とします。
灯台とスプーンという関係性に集う全ての人が、セクハラ・パワハラ等のハラスメントを受けることなく、またハラスメントとなる行動・発言を行うことなく、身体的・心理的安全性の保たれた場を保障する必要があります。
当団体は、ハラスメントを許さず、その防止に努め、万が一発生した場合においては、適切に対応します。
※本ガイドラインでは、例示として演劇公演の稽古を取り上げていますが、その他の場合においても同様に運用します。
※ ハラスメントの概念やそれに基づく動態は、今後の社会状況によって変化していく可能性があります。ここでは、「セクハラ・パワハラ等」を想定していますが、関係性によってはそのほかの可能性が生じることや、新たに認知される問題も含まれる可能性があります。そのため、このガイドラインは、その都度、関係者等の方々からのご意見をお聴きし、その機会をとらえて常に見直し、必要な改訂を行っていく予定です。
3.基本的な認識、考え方
ハラスメント(セクハラ・パワハラ)は、一般に、業務上の地位や人間関係などの集団内の優越性や立場を背景に、適正な範囲を超えて、身体的・精神的な苦痛を与えること・それに起因することとされます。
演劇の創作、またその企画会議や稽古場、上演場所において、さまざまな人同士の関係性が生じます。それぞれ違うバックグラウンド、経験、年齢、立場の人々が集まる場では、指示や意思決定、人間関係、そして価値観などにおいても、それぞれ違った意見を持つことがあります。また、その関係の中では状況に応じた優越性が生じるものと考えられます。
同一の事象や言動等についての受け止め方も、人により大きく異なる可能性があることを理解しておく必要があります。こうした基本的な理解の上に、常に優越的な地位や権利の濫用がないように自覚することが必要です。
作・演出家、劇団員、また稽古の参加者は、現場がハラスメントのない場となるように努めるものとします。
4.ハラスメント(セクハラ・パワハラ等)を防止する心がけ
①作・演出家
作・演出家は、稽古場にいる人(主に、俳優)に対して、優越的な立場での言動を行い、加害者となってしまう可能性があるという意識のもと、良好な現場の関係づくりに努めます。俳優に指示や命令をする時点で、その行為には加害性が含まれる可能性が生じます。その状況に対し、常に自らの行為が加害性、暴力性を孕んでいるという意識を持つ必要があります。
作・演出家は、創作の場において、その場にいる俳優やスタッフたちの肉体的・心理的安全性を保ち、互いに良好な環境を作るよう努めます。指摘を行う際も、具体的にどうして欲しいかを説明するよう心がけ、ハラスメントを生み出す可能性に常に気を配る必要があります。
創作の責任者でもある作・演出家は、稽古が始まる前よりさまざまな準備を行うことで、労働量の多さや思い入れが増し、作品を作る人たちの中で立場の優越性につながります。しかし、ひとりでに抱く孤立感や苦労の度合いを他者に押し付けるような態度は控えるべきであるし、たとえどのような状況にあったとしても、創作の時間をともにする人たちと協働するからこそ、作品が立ち上がるのだということを常に忘れずにいる必要があり、自分の感情を現場においてコントロールする必要があります。
②劇団員
劇団員は、作・演出家と客演の方、スタッフ等の関係をつなぐ立場にあり、問題が起こった際には率先して解決・和解に向けた適切な行動を取ります。万が一ハラスメントを確認した場合は、被害者の話を積極的に伺い、劇団員の中に加害者となる人物がいることを確認した場合はいかに関係の深い内側の人であったとしても、現場において優越性の高い人物であったとしても、対応を行います。逆も然りで、たとえば客演の人やスタッフの人など、劇団外部の人に加害者となる人物が存在した場合も、その場の空気で遠慮したり、有耶無耶にしたりしない対応をおこないます。
③稽古に関わるすべての関係者
稽古場にいる全ての人は、さまざまな立場で集まっていながらも、良い作品づくりに向けて良好な創作環境を保持する意識を持つよう心がけます。また、「ハラスメントになりうる」と判断した際、だれもが声をかけ、そしてその際は全員が一度話し合いを行うこととします。但し、明らかなる悪意や、犯罪行為、無意識であれどその場にいる人が厚生労働省のハラスメントガイドラインの基準を超えた悪質な行為だと判断した際は、被害者のフォローとともに加害者の降板や企画の中止等を早急に検討します。作品によっては、関わり方やその度合いが違う場合もあるため、それぞれの事案に応じた対応を考えていきます。
また、ある行為がハラスメントに該当するのかについては、その状況や業務上の必要性を踏まえて、慎重に判断することが求められます。団体内で判断が難しい場合、必要に応じて第三者への相談(ハラスメント問題の相談先や、弁護士)を行い、判断、対応を行います。
それぞれの置かれる立場や状況、関係性において、誰しもが優位性を持つ可能性があります。また無意識に発露していた行為・言動等の表現であったとしても不快だと思う人が存在すれば、その表現はハラスメントになりえます。不快だ、嫌だ、と言う人がいれば直ちになぜそう受け取られたかを考え、改める必要があります。言動の受け取り方はさまざまであるため、再発を繰り返さないためにも一度立ち止まり関係改善に必要な話し合いを行います。
灯台とスプーンでは、公演の企画開始時、関係者には必ずこのハラスメントガイドラインに基づいた話し合いを行い、互いにハラスメントを起こさない心がけに承諾していただきます。もちろん、創作に必要な話し合いや意見を交換する際に多少なり暴力的な表現での発語が含まれる場合や、創作において使用する必要のある過激な表現(たとえば、過激な言葉や、必要な身体接触など)は今後存在するかもしれません。そのような際は、いっそう心がけをもち、誰かが困った時にはいつでも相談できる環境づくりに協力していただきます。
5.どのような場合にハラスメント(セクハラ・パワハラ等)が起こるかの可能性、気をつけたい一例
1.経験が少ない人に対して経験ある人が、業務の内容を教えていないのに、できないという扱いをすること。また、たとえば稽古場で一人が行き詰まった際に、その一人に対して集団で「できない存在」としてレッテルを貼り、無視をしたり、立場の低い扱いをする行為。
2.他の仕事などで思うように劇団の仕事ができない相手を、仕事を多くしている人が手伝って欲しい旨を伝える等の相談もなく、叱責する行為。
3.思い通りに進まない時、意見が通らなかった時や、思うような表現ができない場合に、不機嫌さを態度に示したり、大きな声を出すなどして周囲を萎縮させる行為。
4.「これくらいしても許されるだろう、許容してもらえるだろう」という甘えによってもたらされる性的ないたずらや嫌がらせ。不必要な場面で、また同意なしに相手の身体に接触すること。
5.身体に関する嫌がらせ。たとえば、妊娠した相手に対して「役に立たない」などの反応を示したり、身体を持つ本人の意思を聞かずに仕事をさせないなどの強制をすること。
6.LINEやSNS上での誹謗中傷、噂等の名誉を毀損する可能性のある書き込みや、その場にいない人に対し、相談の範囲を超えて悪口を言う場を作ること。
7.指摘すべき問題が生じた際、指摘の範囲を超えて感情的に相手を攻撃する発言を行うこと。
8.指摘された問題に対し、それが納得いかない指摘であったとき、何が納得いかないかを具体的にせず、塞ぎ込んだり感情的に相手を攻撃する発言・態度を行うこと。
9.稽古中、俳優が演技を試し、失敗することが不安になるような視線を送ること。
10.「あの人はこう思っているに違いない」という思い込みをし、その認識が正しいかどうかの確認をせずに他者の感情を想像で確定させ、その誤解のまま他者を攻撃すること。
人は感情を持ち、その感情事態が出現すること自体をコントロールすることは難しいです。しかし、出てきた感情を、どのような形で表出するかはできるかぎりコントロールすることが、集団で作品を作るためには必要であり、真剣な指摘の中に感情的な要素が絡む場合は、その指摘自体が暴力的にならないような伝え方を心がけます。
創作現場では、さまざまな人間関係や、プレッシャー、緊張状態が訪れます。ストレスが発生し、その行き場がなくなった時に他者へのハラスメントとして表出することもあります。しかし、何を行うにしてもストレスは避けられません。そのストレスを、いかにハラスメントにつながる行動に変換しないかを、全ての人が考えるべきです。また、そのストレスが何らかの集団の問題から始まっている場合は、場全体の改善のためにも、その問題を放置せず話し合う必要もあります。
業務に必要な指摘の際、無意識に相手を責める可能性のある表現が出た際には、互いにその表現について立ち止まることができるように、その場にいる当事者全員が心がけを持ちます。
6.ハラスメント(セクハラ・パワハラ等)が起きたときの対応
・ハラスメントを受けたと思った際
その場で、あるいは後日、その旨をその現場で、伝えられると思った相手に伝えてください。その場でお伝えいただいた場合は、稽古(あるいは会議等)を中断し、その場にいる全員、あるいは伝えられると思った相手が、被害者の方のお話を聞くことにつとめます。被害を訴えることは、勇気のいることではありますが、劇団員は必ず対応をする約束をします。
劇団員の中に、加害とみられる行動を行なった人がいる場合も、灯台とスプーンは被害者とされる人の声を聞き、「あの人は大丈夫だから」といった先入観を持たずに、相談に応じます。
なお、相談する際には、被害の内容がわかるような記録、それを見聞きした人がいるか等、いろいろな情報があれば相談は容易になります。
・ハラスメントの可能性のある言動を目撃した際
ハラスメントは当事者間の個人的な問題ではなく、集団全体の問題です。被害者から相談を受けた場合は真摯に接し、また現場を目撃した場合は事態を悪化させないように迅速な対応を心掛けてください。
① 被害者に対し、積極的に声を掛け、必要に応じて相談に乗りましょう。※ 可能な限り被害者が希望する性の者が同席するようにしましょう。
② 被害者の話を聞くときは、先入観や偏見は捨てて、公平中立な立場で対応しましょう。※ 被害者に対する「気にしすぎ」、「相手も悪気はない」等の発言はセカンドハラスメント(二次被害)を引き起こします。まずは被害者の気持ちを受け止めてください。自分の考えを押し付けることは厳禁です。
③ 関係者のプライバシーを守るため、秘密は厳守しなければなりません。
※ 被害者や関係者等のプライバシーへの配慮が最も重要です。被害者や関係者等の名前や内容をやむを得ず第三者に話すときは、本人の了解を得てください。
④ 被害者が望んでいる解決方法を一緒に考えましょう。
なお、対応に迷う場合は、被害者に対して、身近に支援を得られる人や公的機関等の相談窓口に相談するよう勧めてください。
※ 相談窓口の例(以下、各所の Web サイトより抜粋、連絡先、対応時間等は本冊子作成時点のもの)
厚生労働省委託事業 ハラスメント悩み相談室 0120-714-86
電話対応時間:月曜~金曜 12:00~21:00/土曜・日曜 10:00~17:00(祝日及び年末年始を除く)
職場でのセクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、パワーハラスメントに関する相談、適切な機関への紹介等
みんなの人権 100 番 0570-003-110
受付時間:平日 8:30 から 17:15 まで
電話は、最寄りの法務局・地方法務局につながり、相談は、法務局職員又は人権擁護委員がお受けします。秘密は厳守します。
女性の人権ホットライン 0570-070-810
受付時間:平日 8:30 から 17:15 まで
電話は、最寄りの法務局・地方法務局につながり、相談は、女性の人権問題に詳しい法務局職員又は人権擁護委員がお受けします。相談は無料、秘密は厳守します。配偶者やパートナーからの暴力、職場等におけるセクシュアル・ハラスメント、ストーカー行為といった女性をめぐる様々な人権問題についての相談を受け付ける専用相談電話です。
舞台芸術関係者向け 性暴力・ハラスメント相談窓口リスト
ハラスメントが報告された場合の具体的な手順
①担当者等が相談を受理
相談者への聞き取りを行い、内容を確認したうえで、劇団メンバーに報告します。対象事案に担当者が関係しており、聞き取り者として適切でない場合は、別の者がその任にあたります。
②対応措置
担当者は、加害者とされる者に対する聞き取りを行い、ハラスメントに該当すると思われる行為について注意喚起を行い、必要に応じた適切な対応を行います。その際、相談者への報復や第三者への口外をしないように指導します。
③守秘義務ほか
各段階において関与した者は、守秘義務を負い、事実について口外することはありません。また、一連の過程において、相談者が不利益を受けないように配慮します。
④通報
いかなる当事者間同士であっても、明らかな暴力行為や脅迫、誹謗中傷等の犯罪と考えられる事態が起きた場合は、ただちに警察に通報するなどの速やかな毅然とした対応を行います。
おわりに
私たちは、これまでの創作現場や会議中に起きた様々な事象やそのときの対応について、全て適切な行動をしていたという言い切りができません。これまでに様々な現場・ひととひととの複雑な関係性の中で起こる苦しい思いや、嫌な気持ちを持たれた方がいないとは限りません。その場合、適切に対応ができなかったことを誠に申し訳ないと思っています。
2023年年始に起きた元劇団員とのトラブルにおいて、当団体は相手方の根拠が明確でない「ハラスメントだ」との訴え、またその主張を超えた団員への迷惑・加害行為を解決する術がなく、関係性の修復が不可能となり、大きな後悔を残しました。トラブルの防止策としてハラスメントを防止する団体内での意識づけを行っていなかったことも原因のひとつと考えられます。
この事例を抜きにしても、今後創作現場においてハラスメントが絶対に起こらない可能性はありません。誰もが、いつでも、だれかにとっての優位性・加害性の可能性をもち、トラブルが起きた際は原因となった関係性や発言の背後にある考え方を立ち止まって紐解き改善する努力を、その場にいる全ての人が相互にしていける関係づくりが問われていると思います。
今後、さまざまな人との関係を続ける中で、互いに協力的な現場づくり、身体的・心理的に安全性を保てる現場づくりを目指します。そしてそれは、現場にいる全ての人の相互協力によって成り立つものとも言えます。
灯台とスプーンは今後もハラスメントの起きない現場づくりに努めてまいります。